本棚のある
風景

読書のスタイルを決めるのは国民性?イタリアにおける紙の書籍事情とは

イタリアに初めて電子辞書が登場したのは、2000年のことでした。
それから20年余、世間ではデジタル機器が隆盛を極め、コロナ禍によりその動きにも拍車がかかっています。
イタリアにもこうした潮流がないわけではありませんが、紙の書籍への愛着も社会の在り方と関連して根強く残っています。
一イタリア在住者が目にした、イタリアにおける紙の書籍事情についてご紹介します。

バカンスのお供は紙の書籍

ヴィッラ・アドリアーナの様子
ヴィッラ・アドリアーナの様子(執筆者撮影)

7月の終わりから8月にかけて、イタリアはバカンスシーズンとなります。人々は町を後にして、こぞって海や山に向かうのです。このとき、スーツケースの片隅には紙の本が入っています。朝から夕方まで海水浴をした後はビーチパラソルの下で、涼しい山で散策をした後は風が通る木陰で、イタリアの人々は読書に耽ります。ちなみに、そのまま昼寝になってしまうケースも少なくありません。
たとえば、私自身が今年のバカンス期間に目にした光景には、このようなものがあります。
ローマ近郊にある世界遺産、ヴィッラ・アドリアーナに赴いたときのことです。ヴィッラ・アドリアーナは、古代ローマの五賢帝であったハドリアヌス帝の邸宅跡です。ギリシア文化を熱愛したハドリアヌス帝は優れた政治家であると同時に一流の文化人であり、数々の詩作も残しました。現在は朽ちかけた遺跡がオリーブの木々に囲まれるように残っています。
その木陰には、若い男性が本を片手に、ハドリアヌス帝の詩をパートナーの女性に朗読している姿がありました。乾いた空気に響く男性の朗読を、女性がうっとりと聞いていたものです。
山にはまた、別の情景がありました。ローマ教皇の夏の離宮がある避暑地カステッリ・ロマーニ地方は、バカンスに行かずにローマに残る人々も週末に涼を求めてやってくることで知られています。その町のひとつ、アルバーノの公園で、遊び疲れた孫に祖母が童話を読み聞かせるシーンを目にしました。盛夏とはいえ夕暮れ時の木陰には南欧独特の涼風が立ち、木の下のベンチでお伽話を読む祖母とそれに熱心に聞き入る5歳ほどの女の子の姿が印象的でした。

バカンスと本にこうした親和性があるためか、夏休み前の書店には老若男女多くの人が訪れます。また新聞や雑誌でも、初夏になると「今年のバカンスにおすすめの書籍」という特集が組まれるのが常です。普段は新聞や雑誌しか置かれていない街角のスタンドにも、各新聞社がこの時期を見計らって発行した古典や名作が並びます。
何も紙の書籍をわざわざ持ち歩く必要はない、電子書籍をダウンロードすればいいではないかと、日本にお住まいの方々は感じるかもしれません。しかし、イタリアは日本ほど治安が良くないため、電子機器は盗難に遭いやすいというイメージが抜けきらないのです。
そうした理由もあって、「バカンスのお供は紙の書籍」という習慣が、今でも揺るぎなく残っているというわけです。

2020年春のロックダウン、まっさきに開店が許された書店

イタリアが他国に先駆けて全土をロックダウンしたのは、2020年3月のことでした。イタリアのロックダウンは罰則も厳しく、国民は自宅に引きこもって過ごすことを余儀なくされました。そんな時期Twitterで話題になったのが「人生で初めて、本を読むための集中力が保持できない」という、作家のミケラ・マルツァーノ氏の投稿でした。このツイートはまたたくまに本好きの共感を集めてリツイートされました。先の見えない非常時にある現状では、本の世界に安住できないのではないかと返信したのは、同じく作家のニコラ・ラジョーラでした。

https://twitter.com/NicolaLagioia/status/1238954205508927489?ref_src=twsrc%5Etfw%7Ctwcamp%5Etweetembed%7Ctwterm%5E1238954205508927489%7Ctwgr%5E%7Ctwcon%5Es1_&ref_url=https%3A%2F%2Fit.mashable.com%2Fcultura%2F2445%2Fma-anche-voi-non-riuscite-a-leggere-in-quarantena

またミラノの図書館では、65歳以上の人、自宅療養者、濃厚接触者、障害のある人を対象に、本の貸し出しをデリバリーで行ったというニュースもありました。毎日18時にイタリア市民保護局が発表する感染者数者死者数の報告に続くニュースで、ロックダウン中も読書が継続できるようこのような後援が最後にアナウンサーの口から流れることは、視聴者のわれわれにとっては慰めであったことを思い出します。

そうしてロックダウンから約1か月半が経った4月20日、政府は書店の開業を許可したのです。「文化は心のパンである」というモットーのもと、スーパーマーケットなどの食料品店とともに書店の営業再開が認められたことは、長引く非常事態に消沈していたイタリア人にとって大きな光となりました。

大型書店が閉店を余儀なくされるなか気を吐く町の小さな書店

イタリアの書店

ロックダウン中に店じまいをする書店も少なくはありませんでしたが、その多くはチェーン店でした。規模が小さい書店が生き残ったのには、これまたイタリアらしい国民性が一因となっています。
イタリア人はおしゃべりが好きで、コーヒーを飲む朝のバール、約束もなく人が集まる街の広場、支払いをツケに回してくれる食料品店など、とにかく個人と個人のつながりが濃いのが特徴です。
特に地方の小さな都市では、こうした国民性が今でも生きています。洋服であろうが書籍であろうが店主とおしゃべりをしながら選ぶため、店主が常連の好みを熟知していることも珍しくないのです。町の小さな書店では、常連の高齢者が店主とおしゃべりをしている光景もよく見られます。こうした人と人とのつながりが、書店の生き残りを助けたのかもしれません。
書店による書籍のデリバリーもイタリア北部を中心に活発になりました。ロックダウンによって書籍の購入もオンラインが主流になるなか、町の書店の店主たちが自転車で読者に書籍を届けはじめたのです。店主が時世にマッチした本をすすめてくれるのも、このシステムの魅力です。デビッド・クアメンのSpillover: Animal Infections and the Next Human Pandemic、ダナ・ハラウェイのMaking Kin Not Population: Reconceiving Generationなど、未曽有の異常事態にふさわしいタイトルが人気だったそうです。

美しい紙の本を日常的に目にすることができるイタリア

ピッコロ―ミニ図書館
シエナのカテドラルに残るピッコロ―ミニ図書館

イタリア人は旅行が好きで、週末には思い立ったようにふらっと近隣の町へ出かけます。特に本好きではなくても、町のドゥオモに付属している美術館の写本や、城塞を見学すればかつての城主が作った美しい図書室を目にすることができます。シエナのカテドラルに残る教皇ピウス二世の図書室、ウルビーノの城に残るフェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ公爵の図書室などが、とくによく知られています。
美しい彩色の写本、図書室へと続く城主のこだわりが詰まった優雅な階段などを眺めていると、本を読むことを愛した先人たちのスピリットに触れたような気分になります。
イタリアにおける紙の書籍への思いは、様々な風習に加え、こうした美しい書籍や図書館を頻々と目にできることによっても育まれたのかもしれません。

参照
  • https://www.milanotoday.it/attualita/coronavirus/biblioteca-domicilio-opera-lockdown.html
  • https://roma.repubblica.it/cronaca/2020/04/13/news/coronavirus_nel_lazio_l_apertura_delle_librerie_slitta_al_20_aprile-253900518/
  • https://www.repubblica.it/robinson/2020/03/06/news/cosi_i_librai_resistono_al_virus-300807579/
  • https://it.mashable.com/cultura/2445/ma-anche-voi-non-riuscite-a-leggere-in-quarantena
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