大学、大学院の教授や学会の研究者であれば、自己が携わった研究の成果や論文を書籍化し、出版することについて1度は検討するのではないでしょうか。こうした学術的な書籍の出版は、通常の出版とは別に「学術出版」と呼ばれています。
そもそも学術出版とは何なのでしょうか?専門書や学術書を出版する際の問題点やメリットについてご紹介していきます。
学術出版とは、研究論文などの学術的、専門的内容が書かれた原稿の出版を指します。学術出版によって書籍化された書物は「学術書」「専門書」と呼ばれ、通常の出版物や実用書といった、いわゆる「商業出版」とは異なるものです。
小説やエッセイ、ハウツー本など、商業目的で出版される書籍は刊行される部数も多く、1冊あたり1,000円前後のものを5,000~1万部単位で発行します。これを全国の書店へ配本し、数ヶ月程度で完売を目指すのが商業出版の流れです。
一方で、学術出版は数百~1,000部程度と刊行部数が少なく、1冊あたりの単価も5,000円前後と高額で、販売期間も年単位となります。
なお、もう1つの出版方法に「自費出版」がありますが、こちらは編集や出版にかかる費用を自己負担で書籍化する方法で、学術出版とも商業出版とも異なります。
商業出版や自費出版ではなく、学術的研究の成果を後世に残し、学生や他の研究者の知識を深めることを目的として、出版社の予算から刊行されるのが「学術出版」です。学びを必要とする人々の知識を深め、研究成果を世に送り出す学術出版は、出版社や編集に携わるものにとってとても意義のあるものだといえます。
しかし、近年出版業界の刊行部数は全体的に年々少なくなってきており、もとより発行部数の少ない学術書にとって大きな問題の1つとなっているのです。
出版業界の衰退や発行部数の少なさから、予算によっては刊行を見送らざるを得ないケースもある学術出版ですが、他にも以下のような問題を抱えています。
価値あるものとして正当に評価されない
学術書や専門書は、書籍化されて流通したり、図書館などで利用できるようになったりすることで、広く一般に学びの扉を開くきっかけとなるものです。研究結果の集大成として貴重な価値があるにもかかわらず、短期的に商業的成功をおさめるケースが少ないため、学術書自体の価値が正当に評価されにくい面があります。その結果、学術書を出版しようとする出版社の尽力もまた、価値あるものとして正当に評価されにくいのです。
たまたま出版を持ちかけた出版社が学術出版に協力的でない場合、心が折れて出版を諦めてしまうケースもあります。出版されなければ、学術書としての価値が正当に評価されるのがさらに難しくなってしまうという悪循環を生んでしまうのです。
需要減少
学術書は全国の書店へ流通するラインには乗らなくても、ひと昔前までは大学図書館などが最大の購入先として、一定の需要を保つことができていました。
しかし、近年の少子化で大学の数が減少していることに加え、専門的な研究よりも実践的な内容について学ぶ学生が増えています。大学図書館でも、高価な学術書を数多く揃える予算を確保するのが難しく、学術書の需要は減少傾向にあります。需要が減少すれば、学術出版への道もまた険しくなってしまうでしょう。
オープンアクセスのもたらす課題
情報社会である現在は、インターネットを利用すれば手軽に知識を得ることができます。学術書を購入することでしか内容を知り得なかった最新の研究論文も、ネット上に挙げられることで、誰でも読める「オープンアクセス」が広がりつつあります。
重要な情報が公平に、広く認知されるという観点では、オープンアクセスで研究内容が閲覧できることのメリットは大きいでしょう。しかし、そのために学術出版の道が以前よりも困難となる弊害を生んでいます。
ネットで検索して最新の論文が見られるなら、当然学術書を購入しようとするニーズは減少していきます。電子書籍やネット販売の台頭もあり、専門書や学術書を書店で見かける機会はより少なくなっているようです。
市場の把握の困難さ
オープンアクセスによって認知される学術内容は、オルトメトリクス(Altmetrics)と呼ばれる指標によって評価されるようになっています。オルトメトリクスとは、SNSやブログなど、ネット上で見られる一般の感想などをもとに、学術書の内容を評価するものです。
研究記事について、どの程度多くの意見や感想がネット上に挙げられているかがわかるため、新しい研究においてオルトメトリクスは有効です。ただ、話題になりやすいインパクトを持った研究ばかりが取り沙汰され、貴重な研究であっても話題にならないものは埋もれてしまう、というデメリットも生んでいます。
では、「オルトメトリクスによらない記事評価なら良いのか?」というとそうでもなく、元来学術書について正しい評価を行うには、膨大な時間と手間を必要としていました。「どのような層に、どの程度のニーズがある研究か」という市場の把握は、いつの時代も難しいものだといえるでしょう。
さまざまな問題を抱え、学術出版を選ぶ道のりが険しくなっている学術書ですが、出版することで以下のようなメリットもあります。
これまでの研究の集大成として手元に残せる
研究者にとって、膨大な時間と手間をかけて研究してきた内容を製本し、手元に残すのは感慨深いものです。「胸に秘めた思いを広く共有したい」「日々の研究成果の結晶として、立派な本にしたい」という思いを実現できるのは、学術出版だけであるといえます。
たとえオープンアクセスで閲覧が可能であっても、書籍を購入して手元に置きたいと考える「本好き」な人は少なくありません。災害時やネット環境の悪いエリアでも学習できる学術書は、たとえニーズが少なかったとしても出版されるべきものでしょう。
発表の場が少ない研究を世に出せる
物理学や天文学など、いわゆる理系に属する研究の場合、学術雑誌上で発表したり、記事が掲載されたりするケースが多く、学術書の出版は少ない傾向にあります。
しかし、社会学や人文学といった「学術雑誌への掲載」という発表の場がない研究については、学術書以外に書籍として世に出すことは難しいものです。
発表の場や論文掲載の機会が少ない研究なら、ぜひ学術出版を利用して発表することをおすすめします。
商業出版よりも売上やコスト面に難がある学術出版ですが、内容に公共性があると認められれば、助成金を利用して出版にこぎつけることも可能です。過去に出版を見送った経験があっても、出版社によっては積極的に協力して、自費出版と助成を合わせて、書籍化への道が開けることもあります。学術出版には、「研究成果の集大成として書籍にしたい」という希望をかなえてくれる出版社を選ぶことがより重要となるでしょう。
研究者にとって、自らの人生を捧げた研究は、我が子のようなものです。目先の利益やブームに乗った軽い読み物ばかりが流通し、時には間違った知識が広まってしまう事例も多いなか、正しい研究結果が広く認知される機会を作ることは、研究者の使命でもあります。出版までに多くの問題を抱える学術書ではありますが、学術出版が持つメリットについて再確認してみてはいかがでしょうか。
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