小説を書こうと思ったとき、あらかじめ構成のお手本やガイドのようなものがあると助かりますよね。
そんなときは「ヒーローズジャーニー理論」を参考に、物語の構成を考えるといいでしょう。
「ヒーローズジャーニー理論」とは、米国の神話学者ジョーゼフ・キャンベルが、世界の神話を研究するなかで発見した理論です。
この理論では、数多くの神話に共通して見出される、お決まりの展開が解説されています。
この考えに則って大成功を収めた作品に、ジョージ・ルーカス監督の「スターウォーズ」シリーズがあります。
監督はキャンベルの書籍を読んで「ヒーローズジャーニー理論」を知り、そこに書かれている内容と『スターウォーズ』の初稿があまりにも正確に一致していたため、不気味さすら感じたといいます。
本コラムを読めば、名作と評価される人気作品の多くがこの理論と重なることに皆さまも気付かれることでしょう。
それでは早速、その中身を見ていきましょう。
「ヒーローズジャーニー理論」は、複数の神話に共通して認められる展開について述べた理論だと先に述べました。
提唱者のキャンベルは、この一連の展開を17の段階に区分しています。
以下の17項目がそれです(なお丸括弧を付した各項目の邦訳は、大塚英志著『ストーリーメーカー──創作のための物語論』(星海社新書、2013年)を参照しております)。
これら17の項目は、後に様々な研究者が批判を加え、より洗練された形式に仕上げられました。
本コラムでも全てを紹介することはせず、五つに絞ってご紹介します。
すなわち「冒険への召命」「最初の境界の越境」「試練への道」「神格化」「帰路境界の越境」の五つです。
元々が神話を題材とした物語理論であるため、少し難しい言葉が使われていますが、大枠は至って単純です。
以下、各項目について詳しく解説します。
「召命」という言葉は大仰ですが、原語のCall=コールを見れば分かるとおり、冒険に「呼び出される」という意味で捉えて良いでしょう。
有名な『桃太郎』を例に説明しましょう。
「青空文庫」に収録されている楠山正雄氏の『桃太郎』では、鬼ヶ島の話を耳にした桃太郎が「もう居ても立ってもいられなくなり」旅へと急ぐ様子が描かれています。
この様子からは、彼が何かに駆り立てられるようにして鬼退治へと向かったことが窺えます。
まさに何かに呼ばれている──コールされている──かのようですよね。
作品の冒頭では、このように主人公の感情が抵抗しがたいほど大きく揺れ動いたり、あるいは実際に案内人が現れたりすることで(『浦島太郎』の亀がこの役割です)、物語が大きく動き始めるのです。
映画「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズの原作『指輪物語』の翻訳者でもある瀬田貞二氏は、どこかへ「行って帰る」という構造が物語の基本パターンであると指摘しています。
こうした構造が物語の基礎となる理由について、大塚英志氏は次のように語っています。
つまり、「未知のもの」に触れるだけなら、行きっぱなしでいいわけです。しかし「帰る」ことによって初めて、元に居た場所の意味が確認できるわけです。つまり主人公にとっての「日常」や「現実」の確かさが、このようなプロセスを経て実感されるのが「行って帰る」物語の主題なのです。いわば「現実」を再発見するのが「物語」だ、とさえ言えます。
大塚氏によれば、主人公は境界を越え、揺らいでいた現実感を取り戻してまた戻ってくるのです。
したがって、冒険に向けて駆り立てられた主人公は、周囲の助けも借りつつ、元暮らしていた日常世界から異世界へと渡っていきます。
桃太郎が鬼ヶ島に向け歩を進める過程が、この「最初の境界の越境」にあたります。
また、いま流行りの「異世界モノ」は全てこれに該当するでしょう。
そう考えると、日本のライトノベルにおける異世界モノの流行も、先人が発見した成功の方程式に従っているのかもしれませんね。
越境した主人公は、冒険の目的を達成するためにいくつもの試練に遭遇します。
『桃太郎』であれば、大きく分けて「犬・猿・雉の仲間集め」「鬼との戦い」の二つが試練と言えるでしょう。
大塚氏も指摘するとおり、現代の作品で見どころとなるのはこの箇所になります。
「道」という言葉で表現されているとおり、主人公に襲い来る試練は一度限りではありません。
戦いと挑戦が絶えず繰り返され、それを通じて主人公がときに挫折しながら成長していく過程全体がこのパートにあたります。
この道を通じて、主人公がどのように成長していくのかをつねに考えながら執筆しましょう。
試練を潜り抜けた主人公は、神話の世界では神格化されます。
現代の一般的な作品に直せば、主人公の「自己実現」が達成された、ということになるでしょう。
『桃太郎』では鬼を見事に打ち負かすことで、旅の目的が達成され、主人公・桃太郎の自己実現が叶えられています。
もともとの「神格化」という意味では、竜宮城で歓待された浦島太郎がぴったりかもしれませんね。
「試練への道」で乗り越えた困難が険しければ険しいほど、この「神格化」の爽快感・達成感は大きくなります。
先述のとおり、物語の基本構造は「行って帰る」です。
自己実現を成し遂げた主人公は、元の世界へと帰ってきます。
『桃太郎』が鬼を退治したシーンではなく、村に戻りおじいさんおばあさんから「日本一」と褒め称えられたシーンで終わりとなっているのは、桃太郎自身が自己実現に納得するため、ともいえます。
筆者としては「戦いに勝ったのだからそれでいいだろう」と考えてしまうかもしれませんが、物語の後始末を済ませる意味でも、元いた世界には必ず戻るようにしましょう。
最後に、本コラムでご紹介した内容をまとめましょう。
・キャンベルの「ヒーローズジャーニー理論」は、神話の分析から得られた物語の定番の展開を、17の段階に区分した理論です。
・本コラムでは「冒険への召命」「最初の境界の越境」「試練への道」「神格化」「帰路境界の越境」の五つを紹介しました。
・物語の基本は「行って帰る」。試練を乗り越え成長して、必ず元の世界に戻ってきましょう。
長く険しい執筆への道も、偉大な先人が発見したガイドが導いてくれます。
本コラムの知識を実践に活かせば、もしかすると「スターウォーズ」シリーズに続く名作が生まれるかもしれません。
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