日本文学史には「〇〇派」「〇〇主義」と称される様々な潮流が存在します。
今回はそのなかから「無頼派(ぶらいは)」と呼ばれる作家、ならびに彼らの創作の背景にあった思想をご紹介します。
文学作品を正当に評価するためには、その作品が完成するに至った歴史的経緯や、当時の政治的情勢などを考慮に入れなければなりません。
そのため文学史を学ぶことは、作品の新たな魅力を発見するためのきっかけ作りとなります。
また、翻って私たちの生きる現代を考えることにもなるでしょう。
いま何を書くかについて悩まれている方は、偉大な先人たちの作風に学ばれてみてはいかがでしょう。
『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』における「無頼派」の定義は次のようになっています。
第2次世界大戦終結直後の混乱期に,反俗・反権威・反道徳的言動で時代を象徴することになった一群の作家たちをいう。
彼らがこのように「反俗・反権威・反道徳」的なふるまいをした背景には、それまでの近代文学全般──主にリアリズム的な手法──への批判があったとされています。
無頼派には、例えば新現実主義にとっての『新思潮』のような象徴的な同人誌はなく、また明確にメンバーの定まった団体でもありません。
こう書くと捉えどころのない曖昧な集団のようですが、とはいえその共通点として、個々の作家が自ら新しいイデオロギーを作ったということが挙げられます。
太宰治の著作『パンドラの匣』にある言葉は、そうした反骨精神を端的に表しています。
私はリベルタンです。無頼派です。束縛に反抗します。時を得顔のものを嘲笑します。
無頼派の「無頼」とは、当時の文壇で主流とされていた文学スタイル──引用箇所でいう「時を得顔のもの」──に頼らず、新たなスタイルを作ろうという姿勢を指しているのです。
無頼派の作家として主に挙げられるメンバーには、坂口安吾、太宰治、織田作之助を中心に、石川淳、伊藤整、高見順、田中英光、檀一雄などがいます。
なかでも代表格として名前が挙がるのが、坂口安吾と太宰治です。
とはいえ、彼らの文学的態度には違いがあります。
二人の文学者のあいだにある隔たりは、「生」というキーワードから読み解くことができます。
太宰は自らが名家の生まれであることを悩み、富裕層特有の精神的虚無や体の虚弱を取り繕うため「道化」になることを選びました。
「道化」と聞くと明るい印象を受けますが、その裏には太宰の生への絶望が隠されています。
太宰の自伝的小説にして代表作でもある『人間失格』には、次のように書かれています。
そこで考え出したのは、道化でした。
それは、自分の、人間に対する最後の求愛でした。自分は、人間を極度に恐れていながら、それでいて、人間を、どうしても思い切れなかったらしいのです。そうして自分は、この道化の一線でわずかに人間につながる事が出来たのでした。おもてでは、絶えず笑顔をつくりながらも、内心は必死の、それこそ千番に一番の兼ね合いとでもいうべき危機一髪の、油汗流してのサーヴィスでした。
重度の人間不信にさいなまれ、自らを偽り殺した日々。
このように生への絶望を常々感じていた太宰は、狂言的ともいえる自殺未遂を幾度となく繰り返し、その果てに亡くなりました。
そんな太宰の死に際し、安吾は「不良少年とキリスト」と題した文章のなかで次のように語っています。
人間は生きることが、全部である。死ねば、なくなる。名声だの、芸術は長し、バカバカしい。私は、ユーレイはキライだよ。死んでも、生きてるなんて、そんなユーレイはキライだよ。
ぼやくような、なじるような、それでいて愛に溢れた言葉で、安吾が太宰について語った言葉です。
この言葉からは、太宰と安吾のあいだの隔たりが極めて明確に表れています。
すなわち、生を棄てた太宰と、生にこだわった安吾という違いです。
安吾の代表作『堕落論』は、有名な「生きよ堕ちよ」という言葉のとおり、紛れもない生命讃歌の側面をもっています。
薬物中毒や過度の飲酒など、たしかに安吾は破滅的な生を送りました。
しかし彼はその堕落した生活を肯定することで、新しいイデオロギーを生み出したのです。
対する太宰は自責の念から、まさに自分自身に殺されるようにして自殺へとひた走ったように思われます。
「太宰は、M・C、マイ・コメジアン、を自称しながら、どうしても、コメジアンになりきることが、できなかった」──先述の「不良少年とキリスト」のなかで、安吾はそんな太宰の危うい真面目さを看破しています。
同じ無頼派という派閥に数え入れられながら、二人の生き方は対照的なように見えてこないでしょうか。
しかしこのことは、無頼派のもつ多面的な魅力を表しているようにも思われます。
身を持ち崩し、ついには自らの身をも滅ぼしてしまった刹那的な太宰の魅力と、自らの堕落を笑い飛ばすかのような豪快な安吾の魅力。
現代を生きるあなたは、どちらの作家により共感するでしょうか。
機会があればそれぞれの作品も読み比べ、ご自分の感性とより強く共鳴するほうを愛読してみるのもいいでしょう。
歴史的名作に学ぶことで、あなたの創作活動にも必ずや良い影響をもたらすはずです。
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