『奪われた若き命』に寄せられた感想(作家:山口紀美子)
(『奪われた若き命 戦犯刑死した学徒兵、木村久夫の一生』の著者によるコラムです)
はじめての自著が発売されてまもない時期、電話のベルに何気なく受話器を取ると、学生時代の恩師の奥様の声が耳に入った。
「本ありがとうございました。読みはじめたらあたりの情景が目に浮かんできて、一緒に取材をしているような気持ちになったんです。」と、本を読まれての感想を伝えて下さった。
受話器からとびだしてきそうなそのお声は、感動の大きさをひしひしと感じさせた。このひとことは、わたしに安堵と感動、そして喜びを与えた。それには大きな理由があった。
この書を執筆中にわたしは、高知大学から猪野々に向かうとき、複雑な交通事情と物部川両岸の景色をどう描写するかに苦慮していた。それだけに「情景が目に浮かぶ」の感想がうれしかったのである。
同じ時期、「まるで自分も一緒に取材関係の人々とお会いしているような臨場感がありました」との感想も寄せていただいた。おふたりの感想で、描写に対する危惧は一掃された。
ハガキ、手紙、電話で、その後も多くの方々から感想をいただいた。
その中には、「22年間という持続力、すぐ取材に走る行動力に感服いたします。」には、あらためて木村さんご夫婦との交流の日々、木村久夫さんが好んだ物部川を求め、とうとうべふ峡温泉にまで行ったことが心に浮かんだ。
そして、それらがあったからこそ、この書を書くことができたと、しみじみ思った。
最後に紹介する感想は、木村久夫さんの戦犯刑死に直接かかわることである。
「『奪われた若き命』を読み終え、個人の人生と、国家の冷酷な歴史的事実を深く感じました。」には、幻冬舎の編集部の方が帯に書いて下さった「木村さんという青年を通して、徴兵され戦争に関わるしかなかった当時の若者たちもまた、夢を追う当たり前の若者であったことを改めて思い知る。」が脳裏に浮かんだ。
便せん6枚もの長さで書いて下さった感想には、木村さんの死刑と国家について述べた部分がある。
「好学の青年を絞首台に追いやったのは、もちろん皇国の戦略と皇軍の戦術の大錯誤でありました。御著はその責任を直接に、あるいは抽象語で追及されるのではなく、死期迫る木村久夫の心境に即して冷静に語られる。」がそれである。
感想を読みながら、わたしは、「木村さんを書いてよかった」との思いを強くした。
■著者紹介
『奪われた若き命 戦犯刑死した学徒兵、木村久夫の一生』(山口紀美子・著)
1941年、日本は大東亜戦争(太平洋戦争)に突入する。日本では多くの国民が徴兵され、戦場に向かうことになった。そんな時代に行われた学徒出陣で徴兵された若者たちの中に、木村久夫という一人の青年がいた。
終戦後、戦地であったカーニコバル島の島民殺害事件に関わった人物として、木村久夫さんはイギリスの戦犯裁判にかけられ、死刑を言い渡された。その時木村さんが書いた遺書は、学徒兵の遺書をまとめた『きけわだつみのこえ』に収録されたことでよく知られている。
その『きけわだつみのこえ』を読み、木村久夫という個人に心惹かれた著者は、木村久夫さんの妹、孝子さんと何年も文通を重ね、木村さんのことをさらに深く知っていった。その後、孝子さん夫妻と実際に何度も会い取材を重ねていく中で、著者は木村久夫さんが歩んできた人生の足跡を辿っていくことになる。