──今は『小説幻冬』に「ヒトコブラクダ層ぜっと」を連載中ですよね。途中から舞台が中東になるという、意外な展開が。まさに新境地ですね。
万城目:これはもう、あらゆる局面が2で割り切れる話です(笑)。今回はすごく書くのが遅いんです。昔は京都や奈良や大阪、そこにある学校といった、見たことがある、知っているものを舞台にしていたので早く書けたんですけれど、今書いているところはイラクのオアシスで遊牧民が住んでいる家の中での会話で、知らないことばかりなので時間がかかる。オアシスはどんなところか、そこにある家はどんな形か、ドアはどこにあるか…ひとつひとつ想像だけで考えていかなくちゃならないので。
──以前、『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』を書き終えた後で「お行儀が良くなっている気がした」と思い、次の『偉大なる、しゅららぼん』はあまりプロットを緻密に作らずに書いた、とおうかがいしました。「ヒトコブラクダ」はいかがですか。
万城目:「かのこちゃん」と「しゅららぼん」の中間ですかね。「かのこちゃん」はもう、幕の内弁当を作るように、この枠にはこれを入れて、というのをびっちし考えてから書き、「しゅららぼん」はプロットはほとんど作らないで書きました。今は、時には素材そのままで書き、時には弁当の仕切りを考えて書いている、という感じです。
──毎回新たなことに挑戦していますよね。進化、そして深化していこうという姿勢を感じます。
万城目:先日イチローのNHKスペシャルを見たんです。アスリートは毎日自分を高める努力をして、引退する時にそれは止まる。イチローはそれを「死ぬとき」と表現していました。それにくらべたら作家は50歳になっても、60歳になっても、いつまでもだらだら書き続けていけるからよかった、と思ったんですよね。もちろん想像力とか若々しさが消えていく部分もありますけれど、技術や技量を高めていくとか、常に何かを考えてそれを表現するっていう行動はいつまでもできるので、そこは良かったなって、僭越ながらイチローを見ながら思ってしまいました。
──小説家になりたいという人たちにアドバイスはありますか
万城目:とりあえず、読む人が楽しめるものを考えるのが一番ですよ。文章を推敲したり削ったりする時には、それが基準になりますね。ここ、他人が読んだときに面倒くさいんじゃないかと思ったところは削ったほうがいいし、この話は楽しんでくれるだろうなと思うところは書き足したらいいし。
でも、たとえ気持ち悪い自意識の塊であっても、最初に表現したいと思ったのがそれならば、まずは好きなように1作目を書けばいいんですよ。それで、もし2作目を書くなら、なるべく自意識の部分を削って、少しずつうまくなっていけばいいので。誰もが過剰な自意識がスタートする際の燃料になるものですけれど、そこからどうやって磨いていくかではないかなと思います。
Interviewer=瀧井朝世
Photographer=三原久明
1976年大阪府生まれ。京都大学法学部卒業。2006年にボイルドエッグズ新人賞を受賞した『鴨川ホルモー』でデビュー。その他の小説に『鹿男あをによし』『プリンセス・トヨトミ』『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』『偉大なる、しゅららぼん』『とっぴんぱらりの風太郎』『バベル九朔』『パーマネント神喜劇』などがある。現在、「小説幻冬」にて「ヒトコブラクダ層ぜっと」を連載中。